私の夫が、真夏の建設現場で倒れ、重症熱中症として緊急搬送されたあの日から、私たちの家族の風景は一変しました。数日間の生死の境をさまよった末、夫はなんとか目を覚ましましたが、自宅に戻ってきた彼は、私の知っている以前の夫とはどこか違っていました。身体の麻痺はないはずなのに、歩き方がどこかぎこちなく、何より驚いたのは、その「疲れやすさ」でした。以前は週末に子供たちと元気に遊んでいた夫が、今は15分の散歩ですら精一杯で、帰宅すると泥のように数時間眠り込んでしまいます。これが重症熱中症が残した「易疲労性」という後遺症だと知るまでに、私たちは多くの時間を要しました。一番辛かったのは、夫が時折見せる、感情の抑制が効かない場面です。些細なことで子供を怒鳴りつけ、その後で自分を責めて泣き崩れる。医師からは、高熱による脳へのダメージが原因の高次脳機能障害の可能性があると説明されましたが、それを受け入れるのは家族にとっても容易なことではありませんでした。私たちは「以前の夫」を取り戻そうとするのをやめ、「今の夫」とどう生きていくかという新しい物語を始めることに決めました。家中の温度管理を徹底し、夫の体温が上がらないよう細心の注意を払う。予定はすべてカレンダーに書き込み、夫の脳の負担を減らす工夫をする。こうした小さな積み重ねが、私たちの新しい絆になっていきました。重症熱中症の後遺症は、家族全員で背負う重荷ですが、それを分かち合うことでしか得られない優しさも知りました。夫の体調が良い日に、家族で近所の公園の木陰に座り、風を感じる。そんな当たり前のことが、今の私たちにとっては最高の贅沢であり、勝利の瞬間です。重症熱中症は、一瞬の不注意が一生を左右する恐ろしい病気ですが、その後に続く人生が絶望だけで終わらないように、家族の愛と理解、そして社会の温かな眼差しが不可欠なのだと痛感しています。夫の不器用な笑顔を守るために、私はこれからも彼の伴走者として、この不自由な日常を慈しんでいこうと思います。
家族が重症熱中症の後遺症を抱えた日から始まった新しい日常