昨日まで普通に見えていた世界が、手術を境にぐにゃりと歪んで見えるようになる。網膜剥離の手術を経験した私にとって、その後のゆがみは肉体的な苦痛以上に精神的な絶望感をもたらしました。ドアの枠が曲がって見えたり、スマートフォンの画面の文字が一部だけ沈んで見えたりする毎日は、まるで歪んだ鏡の中を生きているような感覚でした。主治医からは「網膜は綺麗にくっついている」と言われるものの、自分に見えている現実は明らかに異常であり、このゆがみの直し方を求めてインターネットを検索し続ける日々を過ごしました。初期の数ヶ月は本当に辛く、アムスラーチャートという格子状の図を見るたびに、中心部が激しく歪んでいるのを確認しては落ち込んでいました。しかし、1年という長い時間を経て、私が見つけたゆがみとの付き合い方と改善への道筋は、意外にも「見ようとしないこと」でした。人間には脳の補正能力という素晴らしい機能が備わっています。最初はゆがみばかりに意識が集中していましたが、日常生活で意識的にゆがんでいない方の目の情報、あるいは周辺視野の情報を優先するように訓練したところ、ある時期を境に脳がゆがんだ像を勝手に修復してくれるようになったのです。これは医学的にも説明されている現象で、異常な視覚入力に脳が慣れていく過程なのだそうです。また、物理的な直し方として私が効果を感じたのは、照明環境の改善でした。暗い場所ではコントラストが低下し、ゆがみがより際立って感じられましたが、室内の明るさを一定以上に保ち、読書時には手元を明るいLEDライトで照らすようにしたことで、文字の読みやすさが劇的に向上しました。さらに、PC作業時には画面を白黒反転させたり、フォントを大きくしたりする工夫をしました。ゆがみをゼロにすることはできませんでしたが、こうした工夫を重ねることで、不便さを「個性」として受け入れられるまでになりました。網膜剥離という大きな病気を経験したからこそ、今見える景色のありがたみを深く感じています。ゆがみを治すことに執着しすぎず、残された視覚をいかに豊かに使うかという視点に切り替えたとき、私の心の後遺症もまた癒え始めた気がします。もし今、術後のゆがみに泣いている人がいたら伝えたい。そのゆがみは、あなたの目が頑張って生き延びた証です。時間はあなたの味方になり、脳は必ずその状況に順応してくれます。