本稿では分子生物学および血管生理学の最新知見に基づき川崎病という急性血管炎が数十年後の成人の身体にどのような機能的な変調をもたらしているのかを詳細に解析します。従来、川崎病の後遺症評価は冠動脈瘤の有無という形態的な側面に重きが置かれてきました。しかし近年の研究によりたとえ瘤が形成されなかった群や瘤が退縮した群であっても血管の最内層を覆う内皮細胞の機能、すなわち血管内皮機能に長期間の機能不全が認められることが明らかになってきました。血管内皮細胞は一酸化窒素(NO)を産生することで血管の拡張を制御し血小板の凝集を抑える重要な役割を担っていますが川崎病既往者の血管ではこのNO産生能が低下しており血管のしなやかさが損なわれていることがFMD(血流依存性血管拡張反応)検査などの数値によって示されています。この機能不全の背景には急性期に生じたサイトカインストームによる慢性的な酸化ストレスの蓄積が考えられます。血管壁内で一度活性化されたマクロファージやリンパ球は急性期が過ぎた後も微細な炎症を引き起こし続けこれが動脈硬化の初期段階である内膜の肥厚を早期に誘発します。技術的な解析によれば川崎病経験者の冠動脈壁は対照群と比較してコラーゲン繊維の組成が変化しており物理的な弾力性が低下していることがIVUS(血管内超音波)などでも確認されています。これは大人の川崎病サバイバーが一般的な加齢による動脈硬化とは異なる特有の血管の硬化プロセスを歩んでいることを意味します。また近年のゲノム解析により川崎病の重症化や後遺症の残存に関わる特定の遺伝子多型(例えばITPKC遺伝子など)が特定されていますがこれらの遺伝的素因は成人してからの脂質代謝や血圧調節にも影響を及ぼしている可能性があります。つまり成人期の川崎病後遺症は単なる過去の傷跡の残存ではなく遺伝的背景と過去の環境因子が相互に作用し続ける進行性の生体反応として捉え直す必要があるのです。研究の最前線ではこの血管内皮機能の低下をいかに改善させるかという点に焦点が移っておりスタチン製剤やACE阻害薬といった薬剤が血圧を下げる以上の血管保護効果を求めて試験的に導入されることもあります。このような最新の科学的視点を持つことは患者の日常生活における動機づけを大きく変えます。昔の病気だから関係ないではなく自分の血管には特定の特性があるという理解に基づいた健康管理はより精密で効果的なものになります。私たちは現在、ウェアラブルデバイスを用いた自律神経活動の計測と血管内皮機能の相関についても調査を進めており川崎病既往者が生涯にわたって心血管イベントを回避するための新しいパーソナライズド・ケアの確立を目指しています。
血管内皮機能の視点から解析する川崎病既往者の生体変化