私は14歳の時に子宮頸がんワクチンの2回目を接種しました。その数日後から、それまで経験したことのないような激しい頭痛と、足に力が入らない感覚に襲われました。当時はまだニュースで大々的に報じられる直前で、近所の病院に行っても「風邪でしょう」とか「思春期の疲れだ」と言われるだけで、誰も私の苦しみを理解してくれませんでした。次第に痛みは全身に広がり、夜も眠れないほどの下肢の疼きや、突然身体が勝手に跳ね上がるような不随意運動が出るようになりました。中学の後半はほとんど学校に通えず、暗い部屋で横になりながら、自分の身体に何が起きているのかという恐怖と戦い続けました。その後、メディアで後遺症の問題が取り上げられ始め、ようやく自分が特殊な状況に置かれていることを知りましたが、それは同時に「この病気は治らないかもしれない」という絶望の始まりでもありました。病院を何軒も回り、ようやく出会った専門医は、私の症状をワクチンの毒性によるものとは断定しませんでしたが、少なくとも私の痛みが本物であることを認めてくれました。それからの10年間は、リハビリテーションと心理的なケア、そして何より「今の自分」を受け入れるための長い旅路でした。当初は車椅子が必要でしたが、少しずつ自力で歩けるようになり、高校は通信制を選んで卒業しました。20代になった現在、完全に症状が消えたわけではありません。今でも気圧の変化や強いストレスがかかると、あの独特な足のしびれや倦怠感が戻ってきます。しかし、自分の身体の限界を知り、無理をしない生活のリズムを掴んだことで、現在は短時間の仕事に従事できるまでになりました。あの時ワクチンを打たなければ良かった、という後悔が消えたわけではありません。でも、それ以上に、原因不明の不調に苦しんできたこの10年間という時間が、私という人間を形作ったことも事実です。同じような症状を持つ仲間と繋がり、お互いの改善の兆しを喜び合う中で、私は孤独から救われました。積極的勧奨が再開されたというニュースを聞いた時、複雑な感情が湧き上がりましたが、今の私が言えるのは、どんな選択をするにせよ、もし体調を崩した時に相談できる場所が保証されているべきだということです。私の失われた10年間は戻りませんが、これからの世代の子たちが、正しい情報と充実したサポートの中で、私のような孤独な思いをせずに済むことを心から願っています。