42歳の夏、私は職場のデスクで突然の激しい頭痛と高熱に襲われました。それが私のヘルペス脳炎という長い闘いの始まりでした。意識を失い、集中治療室で目覚めたのは2週間後のことでした。医師からは一命を取り留めたのは奇跡だと言われましたが、当時の私には自分の身に何が起きたのかさえ理解できていませんでした。退院の日を迎え、自宅に戻った私を待っていたのは、以前の自分とは決定的に異なる脳の不自由さでした。最も私を苦しめている後遺症は、新しい記憶が定着しない前向性健忘という障害です。10分前に誰と何を話したのか、今日のお昼に何を食べたのかといった日常の出来事が、まるで砂浜に書いた文字が波にさらわれるように消えていくのです。大人の社会生活において、記憶力がないということは致命的でした。仕事に戻ろうと試みましたが、上司からの指示をその場で忘れてしまい、メモを取ることさえも「メモを取るという行為」自体を忘れてしまうのです。周囲の人たちは「元気になってよかったね」と声をかけてくれますが、私の脳の中には常に深い霧がかかっているような感覚でした。身体は健康そのものに見えるため、この「見えない障害」を説明しても、なかなか本質的な理解は得られません。サボっているわけではない、気合が足りないわけでもない、ただ脳のハードディスクが壊れてしまったのだと叫びたい衝動に何度も駆られました。しかし、絶望の中で私を救ってくれたのは、同じ後遺症を持つ人たちの自助グループでの出会いでした。そこでは、スマートフォンを外部メモリとして活用する技術や、生活動線を徹底的にルーティン化する知恵が共有されていました。私は今、全てのスケジュールをアラームと連動させ、家中の壁にやるべきことを記したホワイトボードを設置して生活しています。以前のようにスマートに仕事をこなすことはできませんが、不自由な自分を許し、道具に頼りながら生きる術を身につけました。脳炎は私の人生から多くのものを奪いましたが、同時に「今この瞬間」を大切に生きることの意味を教えてくれました。記憶は消えても、家族の温もりや夕日の美しさを感じる「感情の記憶」は残っている。その微かな光を頼りに、私は今日も新しい自分としての一歩を踏み出しています。
ヘルペス脳炎を乗り越えた私の消えない記憶障害