40代のある日の午後、私は職場のデスクで突然、バットで頭を殴られたような激痛に襲われました。それが私のくも膜下出血の始まりでした。救急搬送され、緊急の手術を受け、意識が戻ったとき、医師から「奇跡的に後遺症はありません」と告げられたときの安堵感は、今でも言葉にすることができません。指が動く、言葉が出る、家族の顔がわかる。当たり前だと思っていた日常が、どれほど壊れやすく尊いものかを、私は死の淵で思い知らされました。退院してからの私の生活は、まさに「寿命をいかに延ばすか」を軸にした新しい物語へと書き換えられました。それまでは仕事のストレスを言い訳に、深夜までの残業や深酒、そして1日20本の喫煙を続けていましたが、これらをすべて断ち切りました。医師からは「後遺症がないからといって、脳の血管が健康になったわけではない」とはっきり言われたからです。私の家には今、高性能な血圧計が2台あり、朝と夜、必ず記録をつけています。120代の数字が出るたびに、私は自分の命のバロメーターが正常であることを確認し、安らかな眠りにつくことができます。食事も劇的に変えました。出汁の旨味を活用し、塩分を極限まで減らした妻の料理を、1口30回以上噛んで味わうようになりました。以前の私なら「味が薄い」と文句を言っていたはずですが、今はその薄味の中に、自分の寿命を1分、1秒と延ばしてくれる慈しみを感じています。また、散歩も毎日のルーティンになりました。無理なジョギングではなく、呼吸を整えながら季節の移ろいを感じて歩く時間は、自律神経を整え、血管の柔軟性を保つのに最適なリハビリとなっています。くも膜下出血から5年が経った今、私は以前よりもずっと健康です。後遺症がないという奇跡は、神様から与えられた「宿題」のようなものだと考えています。その宿題とは、自分の身体を誰よりも大切に扱い、できるだけ長くこの世界に留まって、家族や友人と笑顔の時間を共有することです。いつか人生の終わりを迎えるとき、あの日のくも膜下出血があったからこそ、私はこんなに豊かな晩年を過ごせたのだと、感謝の気持ちで振り返りたいと思っています。後遺症なしという幸運を無駄にせず、1日1日を丁寧に積み重ねていくこと。それが、死を意識した私にできる、生命への最大の誠実さなのです。
死の淵から生還した私が後遺症なしで長生きを誓う理由