私は今から30年前、2歳の時に川崎病を発症しました。当時の記憶はもちろんありませんが母からは1ヶ月近く入院し毎日点滴を受けて大変だったという話を何度も聞かされて育ちました。幸い退院後の経過は良好で小学校低学年までは定期的に大きな病院へ通っていましたが中学に入る頃にはもう大丈夫だろうという医師の判断もあり通院は終わりました。運動制限もなく部活動ではサッカーに明け暮れ就職してからも健康診断で引っかかることは一度もありませんでした。自分はもうあの病気とは無縁の人間だと思い込んでいたのです。しかし32歳になったある日の健康診断で心電図にわずかな異常が見つかりました。再検査のために訪れた循環器内科で私は問診票に幼少期に川崎病の既往ありと記入しました。担当の医師は私のその一言を逃さず念入りに心エコーを実施しました。モニターを見つめる医師の表情が次第に険しくなり告げられた言葉は私の予想を遥かに超えるものでした。右の冠動脈に過去の炎症の跡と思われる巨大な石灰化を伴う瘤があります。一部がかなり狭くなっておりこのままでは危険です。私は耳を疑いました。あんなに昔の病気が今この瞬間の私の命を脅かしているという現実がすぐには受け入れられませんでした。精密検査の結果、私はそのまま入院し冠動脈バイパス手術を受けることになりました。医師の説明によれば私の血管は川崎病の影響で実年齢よりも20歳以上も老化していたそうです。もしあの時、心電図の異常を見逃していたり過去の病歴を伝え忘れていたりしたら私は今こうして文章を書くことはできていなかったかもしれません。手術を終えて退院した今、私の鞄の中には一生飲み続けなければならない抗血小板薬が入っています。これは血栓を予防するための大切な薬です。この経験を通じて私が最も痛感したのは川崎病という病気には卒業がないということです。一度でもその洗礼を受けた身体は目に見えないところでずっとその影響を抱え続けています。私は自分の子供たちにもし病気になったらその記録を必ず残しておくように伝えています。そしてかつて川崎病だった全ての人に伝えたいのはどんなに体調が良くても一度は専門の循環器内科を受診してほしいということです。大人の後遺症は静かに、しかし確実に忍び寄ってきます。あの日の熱が下がったからといってすべてが終わったわけではないのです。自分の身体を守るための唯一の手がかりは自分の過去の病歴の中に隠されているのだと今になってようやく分かりました。
幼少期の川崎病が三十代の私に突きつけた静かな現実